0xa87a…a973

All memos sent from and to 0xa87a…a973.

明るい硝子戸の店の中で、一つの磨かれた銃器さへも、火藥を裝填してないのである。――何たる虚妄ぞ。<ruby><rb>懶爾</rb><rp>(</rp><rt>らんじ</rt><rp>)</rp></ruby>として笑へ!
見よ! 彼は風のやうに來る。その額は憂鬱に青ざめてゐる。耳はするどく切つ立ち、まなじりは怒に裂けてゐる。<br/>君よ! <ruby><rb>狡智</rb><rp>(</rp><rt>・・</rt><rp>)</rp></ruby>のかくの如き美しき表情をどこに見たか。
この鋏の槓力でも、女の錆びついた<ruby><rb>銅牌</rb><rp>(</rp><rt>メダル</rt><rp>)</rp></ruby>が切れないのか。水夫よ! 汝の<ruby><rb>隱衣</rb><rp>(</rp><rt>かくし</rt><rp>)</rp></ruby>の錢をかぞへて、無用の情熱を捨ててしまへ!
書生は町に行き、工場の下を通り、機關車の鳴る響を聽いた。火夫の走り、車輪の廻り、群鴉の喧號する巷の中で、はや一つの胡弓は荷造され、貨車に積まれ、さうして港の倉庫の方へ、税關の門をくぐつて行つた。<br/>十月下旬。書生は飯を食はうとして、枯れた芝草の倉庫の影に、音樂の忍び居り、蟋蟀のやうに鳴くのを聽いた。<br/>――情緒よ、君は歸らざるか。
嵐、嵐、浪、浪、大浪、大浪、大浪。傾むく地平線、上昇する地平線、落ちくる地平線。がちやがちや、がちやがちや。上甲板へ、上甲板へ。<ruby><rb>鎖</rb><rp>(</rp><rt>チエン</rt><rp>)</rp></ruby>を卷け、<ruby><rb>鎖</rb><rp>(</rp><rt>チエン</rt><rp>)</rp></ruby>を卷け。突進する、突進する水夫ら。船室の窓、窓、窓、窓。傾むく地平線、上昇する地平線。<ruby><rb>鎖</rb><rp>(</rp><rt>チエン</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>鎖</rb><rp>(</rp><rt>チエン</rt><rp>)</rp></ruby>、<ruby><rb>鎖</rb><rp>(</rp><rt>チエン</rt><rp>)</rp></ruby>。風、風、風。水、水、水。<ruby><rb>船窓</rb><rp>(</rp><rt>ハツチ</rt><rp>)</rp></ruby>を閉めろ。<ruby><rb>船窓</rb><rp>(</rp><rt>ハツチ</rt><rp>)</rp></ruby>を閉めろ。右舷へ、左舷へ。浪、浪、浪。ほひゆーる。ほひゆーる。ほひゆーる。
古驛の、柳のある川の岸で、かれは何を釣らうとするのか。やがて生活の薄暮がくるまで、そんなにも長い間、針のない釣竿で……。「否」とその支那人が答へた。「魚の美しく走るを眺めよ、水の靜かに行くを眺めよ。いかに君はこの靜謐を好まないか。この風景の聰明な情趣を。むしろ私は、終日<ruby><rb>釣り得ない</rb><rp>(</rp><rt>・・・・・</rt><rp>)</rp></ruby>ことを希望してゐる。されば日當り好い寂寥の岸邊に坐して、私のどんな環境をも亂すなかれ。」
<ruby><rb>海豹</rb><rp>(</rp><rt>あざらし</rt><rp>)</rp></ruby>のやうに、極光の見える氷の上で、ぼんやりと「自分を忘れて」坐つてゐたい。そこに時劫がすぎ去つて行く。晝夜のない極光地方の、いつも暮れ方のやうな光線が、鈍く悲しげに幽滅するところ。ああその遠い北極圈の氷の上で、ぼんやりと海豹のやうに坐つて居たい。永遠に、永遠に、自分を忘れて、思惟のほの暗い海に浮ぶ、一つの侘しい幻象を眺めて居たいのです。
たしかに私は、ある一つの特異な才能を持つてゐる。けれどもそれが丁度<ruby><rb>あてはまる</rb><rp>(</rp><rt>・・・・・</rt><rp>)</rp></ruby>やうな、どんな特別な「仕事」も今日の地球の上に有りはしない。むしろ私をして、地球を遠く圈外に跳躍せしめよ。
牧場の牛が草を食つてゐるのをみて、閑散や怠惰の趣味を解しないほど、それほど<ruby><rb>近代的になつてしまつた</rb><rp>(</rp><rt>・・・・・・・・・・・</rt><rp>)</rp></ruby>人人にまで、私はいかなる會話をもさけるであらう。私の肌にしみ込んでくる、この秋日和の物倦い眠たさに就いて、この古風なる私の思想の情調に就いて、この上もはや語らないであらう。
風琴の<ruby><rb>鎭魂樂</rb><rp>(</rp><rt>れくれえむ</rt><rp>)</rp></ruby>をきくやうに、冥想の厚い壁の影で、靜かに湧きあがつてくる黒い感情。情慾の強い惱みを抑へ、果敢ない運命への叛逆や、何といふこともない生活の暗愁や、いらいらした心の焦燥やを忘れさせ、安らかな安らかな寢臺の上で、靈魂の深みある眠りをさそふやうな、一つの力ある靜かな感情。それは生活の疲れた薄暮に、響板の鈍いうなりをたてる、大きな幅のある靜かな感情。――佛陀の教へた慈悲の哲學!
とある幻燈の中で、青白い雪の降りつもつてゐる、しづかなしづかな景色の中で、私は一つの眞理をつかんだ。物言ふことのできない、永遠に永遠にうら悲しげな、私は「舌のない眞理」を感じた。景色の、幻燈の、雪のつもる影を過ぎ去つて行く、さびしい青猫の<ruby><rb>像</rb><rp>(</rp><rt>かたち</rt><rp>)</rp></ruby>をかんじた。
ああ固い氷を破つて突進する、一つの寂しい帆船よ。あの高い空にひるがへる、浪浪の固體した印象から、その隔離した地方の物侘しい冬の光線から、あはれに煤ぼけて見える小さな黒い獵鯨船よ。孤獨な環境の海に漂泊する船の羅針が、一つの鋭どい<ruby><rb>意志の尖角</rb><rp>(</rp><rt>・・・・・</rt><rp>)</rp></ruby>が、ああ如何に固い冬の氷を突き破つて驀進することよ。